platkisのブログ

生きていく勇気はないけど死ぬ勇気もない

本読みてぇよ

 少し前に書いた「社会人になるまでにやっておいた方がいいこと」でいままでの人生で活字を自発的に読まなかったことが後悔していることの1つであると明かした。

 なので,本を読もうと思う。

 いかんせん活字を読むのは久しぶりなのでただ「読むこと」にフォーカスできるように有名なライトノベルあたりから読もうかと思ったが巻数がそこそこある。

 とりあえず「小説 おすすめ」と積極性皆無の検索をしてざっくりとしたあらすじを見てどれを読もうか考える。 5行程度のあらすじをざっくり見るがクソばかりだ。 読みたいと思う意欲が湧かない。 そういう素直ではなくてひねくれてるところがよくないと後悔したばかりではないか!と思いながら読みたいと思うものを絞って探すことにした。

 教科書で取り扱われた覚えている作品を思い出すことにしたが,国語が好きではなかったので苦い思い出しか出てこない。苦くない強烈な思い出があって児童文学ではないものとなると「山月記」くらいしか出てこない。 この山月記に書いてあることこそまさに自分がそれに差し掛かろうとしているではないか。

 なぜ山月記は数ある中で良い方に刺さったのかを考えて中島敦以外の作品もいくつか集めることにした。まず,山月記が刺さった理由はあからさまな教訓じみたものではないし,めでたしめでたしハッピーエンドでもないこと,恋愛の匂いが一切しないことだろう。つまり読んでいた当時のややひねくれたボクが投影できる人物が存在してて,好まない小説の要素がないものが山月記だったということである。ボクがあれやこれや文句をつけて普通のものを排する基質はこれを書いた段階では治らなかったので,山月記のような投影出来てああはなるまいと思えるような作品を探すことにした。

 ということで魯迅の「阿Q正伝」を読むことにした。

 何をするにしても食わず嫌い基質で突っぱねるが,いざそれをやってみたらまんざらでもないいつものボクのままなんだろうなと思ったので次読む本は有名ところから選ぼうと思った。青空文庫すごいな,思っていた以上に作品があった。

 読む本を小説に限定しなくても,自叙伝などでもいいのではと思ったが,尊敬している人や指針にしている人,あこがれの人といったものが思い浮かばなかった。そもそもそういう人のようになりたいと思ったこともなかった。つまるところ人生の指針すらまともに決めていない。どこまでも愚鈍で適当だなと我ながら呆れてしまった。

 理性では問題とそれを解決する手段がわかっているにもかかわらず感情が行動開始を遅らせてしまった。そんなことわかってるつもりなのになあ。

※追記

 阿Q正伝読んだ。内容的にはなるほど!と思うものでもなかったしとても面白い!となるものでもなかった。革命時の中国大陸を描写したものである種のあるあるネタのようなものなので読むときに中国に関連するコンテクストがないと強い共感を得にくいのかもしれない。文学作品は読んで理解しないことには面白さを感じることは不可能なので本を探すときにひねくれた精神を呼び起こすのはやめておとなしく順張りしていこうと思った。

20230922